
ケーナとの出会いは今から約二十年前。
「コンドルは飛んでいく」という曲のケーナの音色に強く心を動かされた。
その後、ケーナと接する機会はなかったが、七年程前に会社を引き継ぐことになり、自分の身の回りの環境が著しく変化してきた。
そんな折、このまま「仕事バカ」で終わりたくない。五十歳を前に、何かに挑戦してみよう!どうせやるならば自分にとって難解なものにと、ケーナを思い出し独学で練習を始めた。教本を買い求めて毎日練習したが、音を出せるようになるまでが大変であった。
まして、音楽の素養もあるわけでもないし、音階が出せるまでが大変であった。
その当時、家族にも相当迷惑をかけたと思う。妻が時折「随分いい音が出せるようになったね」と励ましてくれ、息子は思春期ではあったが笑いながらも協力してくれた。
ケーナは日本の尺八に近い楽器で、こうして音が出るまでに時間がかかった。上達するまでには、人の前で数多く演奏した方が良いと言われ、周りの友人たちに聞いてもらい、結果、厳しい評価を受けた。何度となく挫折をあじわい、そのつど妻に励まされ気をとり直し練習に没頭した。
三年目からは、少しずつボランティア活動で町内会や病院を訪問し、演奏を披露するようになった。
当時は、フォルクローレ(南米の音楽)など自分好みの曲を演奏していたが、ある日、アルツハイマー病の九十歳のお年寄りの前で「月の砂漠」を演奏すると、一緒に歌を歌いだしたのです。
その時、自分の中で「これだ」と感じた。ボランティアを受けるかたには、自分の力の披露は迷惑なんだ。そんな披露は「聞きたくない」「見たくない」「そこにいたくない」 なのではないだろうか。
訪問先のスタッフの方たちから、患者さんたちの日常生活を良く聞き取り、自分の好きな曲よりも「聞く人が好む曲」の演奏をした。ときには、シャボン玉で遊んだり、カスタネットでリズムをとったりし、一緒に演奏を試みた。
その結果、表情のなかった人たちに、生き生きとした表情が生まれるようになったのです。
最高に感激した瞬間だった。多くの活動の場を提供して頂いた結果、CDを制作することができ、今、自分にとって一番うれしいことは「CDを毎日聞いているよ」という言葉や娘が妊娠中なので胎教に聞かせてやりたい」とか。そして、ある病院の先生は「今、オペ中にBGMで流し、オペを終了したところだったんだよ」と言ってくださったことです。
多くの人が、リラックスをし、癒されたと言ってくださるのが励みです。
たった一本のケーナのおかげで、心の豊かな人たちと出会いがあり、多くの協力、応援を受け、ご指導をして頂いた人たちに感謝いたします。
今後とも、気負いのないボランティア活動をしたいと思う。
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